道路特定財源の一般財源化が小泉内閣になって急に展開したのは、特別会計全体の改革の一環とされたことと、道路特定財源にいわゆる余剰が生じていることによっている。
道路整備特別会計は、他の多くの特別会計とは異なり、受益者負担原則による事業特別会計である。これを通じて、道路整備の費用は燃料税などを目的税として道路を利用する直接受益者によって負担される。
受益者負担原則は、費用負担の原則として利点を持っている。それは受益と負担を一致させるから公平に適っており、目的税の燃料税などが道路利用の価格の機能を果たすから道路利用を効率化し、また税収の大きさが投資の必要性の情報を与える。さらに、計画的な道路整備を可能にする。道路のような社会資本の整備や更新には長年月を要するから、安定財源の確保は不可欠の必要である。
この意味では、小泉首相の特別会計改革の意図は、むしろ受益者負担原則の方向にあるはずであろう。受益者負担原則の典型は市場の価格システムであり、市場化を唱える首相が受益者負担原則に立つ道路特定財源制度を否認することには論理矛盾がある。
「余剰」の問題を見よう。平成18年度予算の国費では、揮発油税・自動車重量税などの収入 3兆6,000億円から、道路整備2兆2,200億円以外に、非公共事業などに1,600億円、本四債務処理に4,500億円が予定されている。これらが余剰とされるのだろう。
しかし、この余剰なるものは、公共事業支出にこのところ毎年マイナス・シーリングがかけられてきたことから生じたものである。現行税率は平成13年に、以後5年間の道路整備に必要なものとして法定された。それに基づき税収が生じる一方で、支出についてマイナス・シーリングを連続すれば、差額が出るのは必然である。つまり「余剰」は人為的なものであり、道路整備が一段落したことを意味するものではまったくない。
整備の必要性
道路の整備がまだ必要なことは言を要さない。持続可能な成長、国際競争力の強化、環境の保全、災害対応などの上から、ミッシング・リンクとされる道路ネットワークの未整備や、道路の質の向上が緊急に必要である。
ネットワークの整備未了の端的な例は、大都市環状道路の未完成である。これはわが国の道路ネットワークの重大な欠陥とされるところである。先日の国土開発幹線自動車道建設会議で高速道路整備計画の未整備区間について高速道路会社と新直轄方式による整備が決定したが、東京外環道路の西南部は整備計画にまだ含まれていない。したがって、現行の整備計画だけでは必要なネットワークは完成できない。
地方でも同様で、現状では孤立し不採算を批判される区間でも、ミッシング・リンクが整備されれば交通量を見込めるケースがこれまでも多数あった。余剰と言う前に、基本計画の残り部分の社会的有用性を現在の視点で再確認することがまず必要のはずである。
道路の質の向上も緊急な課題である。渋滞は、わが国の国際競争力を維持する上で早急な対応を必要とさせている。環境問題にしても、道路整備や道路構造の改善で交通量の増加以上に大気汚染を抑制し得る可能性を追求せねばならない。大都市の外郭環状道路は、都心の渋滞緩和、環境改善、災害対策に大きな力があるだろう。また安全の問題がある。東京都区内でも、消防車が入れない道路は少なくない。下表に歩道整備の様子を示すが、すべての区間で歩道が必要ではないにせよ、整備の不足は明らかである。幼稚園児の列に自動車が突っ込んだとか、鉄道の開かずの踏切やそれに関連した死亡事故などは、歩道の整備、鉄道の連続立体化が進んでいれば防げた生命の損失である。
いずれにしても、今後の道路の維持更新には巨額の費用を要することが予想される。財政支出の削減が求められるにしても、必要な道路の整備・更新投資を削ることは後の世代に負担を負わせるものである。1970年代から80年代にかけて道路投資を削減した米国が、“荒廃するアメリカ”と言われたほどに通行止めの頻発を招き、後に大きな投資を要するものとなったことは記憶に新しい。
要するに、社会として今後どのような道路整備が必要かの検証がまず行われるべき事柄だということである。
一般財源化への異議
もともと、余剰は一般財源化の論理を形成しない。整備の一段落という意味で余剰が生じるなら、それは道路特定財源の税率引き下げを示唆するものでしかない。現行の燃料税や自動車重量税は、本来の税率のほぼ倍の暫定税率が課せられている。それゆえ、余剰になったのなら、これを引き下げるのが筋道であり、一般財源化論はすり替えである。
特定財源には、ほかにも批判がされている。例えば、特別会計の不透明性が言われることがある。しかし、閣議決定と国会審議を経ることは一般会計と変わりがない。また、道路税収の配分は鉄道・バスなどにも配慮し、土地利用も考慮した、いわゆる総合交通の観点から行われるべきだとの主張もある。この種の提案は、昭和40年代に総合交通特別会計として提案された。しかし、道路納税者がなぜ他の交通機関の利用者を補助しなければならないかの論点に答えることができず、立ち消えた。
現在は道路特別会計から他の交通機関への支出も行われているが、道路利用者にも便益をもたす都市や地方の地域大量交通に限定することが、納税者の納得を得る上で必要だろう。もちろん、このような主張は一般財源化の主張とは異なるものであり、国交省として交通政策や土地利用政策が統合された現状からすれば、むしろ特別会計につながるものである。
受益者負担原則が特定財源制度と結びつく上では、安定的な資金確保が重要な論点である。道路の整備や更新は長期の計画に基づかねばならず、そのために安定的な財源確保が不可欠である。一般財源化されれば、道路への配分は経済の状況で左右されて安定性を欠くだけでなく、時には容易な税率引き上げの対象となる恐れさえある。もともと、道路特定財源制度は資金供給の安定性を制度的に担保するものであったはずであり、現段階における道路整備や更新の必要性に対応して制度的担保を確保することが依然として不可欠である。
もとより、巨額の政府財政債務への対処は必要であり、経済財政諮問会議は2010年代初頭に国の財政においてプライマリーバランスを達することを想定している。しかし、それらの負担は消費税などによって国民全体が負担すべきものであり、自動車利用者ということで特定の国民にのみ重課することは、著しく公平性を欠くと言わざるを得ない。
自動車が普及した今日でも、普及の仕方や自動車への依存の仕方は一様でない。特に、都市と地方の間ではかなりの違いがある。一世帯当たり自動車保有台数は、東京都中野区で0.29台に対し、茨城県千代川村では3.93台である(県レベルでは、東京区部の0.45台に対し、福井県では1.73台)。もちろん、この差異の主因は、都市では地下鉄その他の大量交通機関を利用できるが、地方ではそのような利便がなく、自動車に頼らざるを得ないためである。地方住民にとって自動車は必需品であり、地域所得の大小からすれば、道路特定財源を一般財源化すると税の逆進性が極立って生じることになる恐れが大きく、公平だけでなく分配の公正の上からも好ましくない。
けれども同時に、現在の道路整備のあり方、また道路特定財源や自動車課税の体系も万全のものではない。特に、これまで道路行政が整備の優先順位について、明確に説明して来なかった恨みがある。それゆえ、整備の優先順位のル−ルを明確にすることが必要である。また、自動車税体系にもパッチワークとの批判があるし、自動車燃料のエネルギー・シフトについても考慮を要する。燃料税の限界から、またITS時代への対応から、トン・キロ税なども配慮に含めた自動車課税の再構築を用意する必要がある。