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舗 装 技 術

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舗装の歴史

1.古代の道路舗装

  道路舗装の歴史の中で、大がかりに築造したものとしては,BC2600年頃の古代エジプトにおけるピラミッド建造のための舗石道路があります。
 これは石切場から石を運ぶ道路で、ギゼーのピラミッドでは平均2.5トンの石塊を230万個運ぶために非常に頑丈な舗装道路として整備されました。   
 その後の近代舗装の先駆的な例として、BC1600年頃のクレタ島の道路が挙げられます。
 これは、舗装の基礎部分にセメントや石膏と火山灰土を混合したモルタルを用い、その上に表層として玄武岩の板石や砕石を敷き並べ、さらに端部に排水溝を備えたものです。
   セメントや石膏の代わりに、舗装にアスファルトが用いられたのは、BC600年頃のバビロンの王の道で、これら古代の道路は主に軍事道路として利用されていました。 
 トレサゲ(Tresagut:1716 〜1796) が提案した工法の特徴は、路床に水が浸入すると支持力が低下することに着目し、路床面と路面を上に凸状に反らせ、排水を路肩に流し、舗装の耐久性を向上させるというものです。 
 

クレタ島の舗装道路
 

バビロンの王の道

2.近代舗装の芽生え

その後、イギリスにおいてテルフォード(Telford:1757〜1834)工法が開発されましたが、これはトレサゲ工法では路床を上方に反らすために手を加え、かえって路床を傷めてしまうので、路床は平面のままとし、頑丈な基礎によって荷重に耐えさせるという考えで、新しい断面を考案したものです。
 これに続いてマカダム(MacAdam:1756〜1835) が、舗装を普及させるためには、より低廉で耐久性のある構造が必要であると考え、マカダム工法を提案しました。
 この工法は、トレサゲと同様に、路床に水が浸透しなければ自然地盤に十分な支持力があるので、路床面は排水のためにある程度の反りを入れるが、路床を傷めないように細かい砕石で処理し、その上に粒径7.6cm程度の砕石を1層約10cmの厚さで2層敷き、そのまま交通に開放する。
 交通車両で締め固めた後、さらに粒径2.5cm程度の砕石を5cm厚さに敷きならして交通に供用するようにしたものです。
 これらの舗装によって、軍隊の輸送だけでなく、大きな駅馬車が全速力で走れるようになり、商業活動に大きく貢献しましたが、イギリスでは1830年から鉄道の時代に入り、駅馬車がなくなるのと同時に舗装の整備状況も悪化していきました。  
 

テルフォードの舗装
 

マカダムの舗装

2.舗装の整備と自転車

   道路の整備状況は、自転車の変遷とも関わっています。
 マカダム工法が提唱された1820年当時には、木製の足蹴り式自転車(ドライジーネ型)が走行していたが、前後の車輪の大きさは同じでした。
 舗装が悪くなるにしたがって、凸凹を乗り越えるために大きな車輪が必要となり、1860年代には写真のような、少し大きめの前輪にペダルを付けたミショー型が主流になってきました。
 1870年代に入ると、オーディナリー型と呼ばれる、前輪が極端に大きなものとなりました。
 しかし、舗装の状態が悪いと、不安定な自転車では事故も多発することから、イギリスのオーディナリー自転車愛好家で結成した自転車ツーリングクラブが、道路改良の要求運動を起こすようになり、ついには政府を動かし、新たな道路整備が推進されるようになったのです。 
 
 

2.現代の舗装技術

  アメリカにおける道路整備推進の動機も、1880年に結成された全米サイクリング連盟が、サイクリングをスポーツとする国民運動を展開し、同時に道路改良を要求する圧力団体となっていったことから始まります。
 その後、政府に道路調査室が生まれ、試験道路をつくり、良い道路ができれば暮らしが良くなることを啓蒙していきました。
 この調査室が発展してAmerican Association of State Highway Officials(AASHO)となり、やがて世界の舗装技術の先駆的大実験であるAASHO道路試験へとつながるのです。
 この道路試験の結果が、現在のわが国をはじめ世界の舗装技術の参考となったのです。
 
 

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